アクアスキュータムの財布

アクアスキュータム,財布

アクアスキュータムの財布

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ジョン・エマリーと仲間の職人たちは1853年、ウール地に防水処理を施し、高い撥水性としなやかさを併せ持つ布地を完成させました。ちなみに、ラグラン袖(ラグラン・スリーブ)は袖付けの縫い目がそでぐりから衿まで達している袖のことです。

 

アクアスキュータムは、自社のコートが水を通したと言う将校には、直ちに無料で代わりのコートを提供すると宣言していました。アクアスキュータムはラテン語の「水」と「盾」をあわせた造語です。

 

1897年には、エドワード王子から英国王室御用達の勅許状を賜り、1920年から1936年にかけてはその孫にあたる後のウィンザー公から、さらに1952年には皇太后陛下からも賜りました。

 

ジャケットのように身頃と袖がはっきり二つに分かれ、肩先でアームホールに従って縫い合わせられている袖はセットイン・スリーブと言います。このラグラン袖は1900年代はじめごろのエマリー社製コートに採用され、アクアスキュータムのライバル企業バーバリー社でも1910年頃にトレンチコートの前身「タイロッケン」に転用されています。同時に、エマリーは店の名前をアクアスキュータムと改称しました。

 

アクアスキュータムの名を広く世に知らしめることになったのがトレンチコートでした。

 

第一次世界大戦中、塹壕の中という最悪のコンディションの中で、ひときわ高い防水性と優れた機能を発揮しました。1854年、極寒のロシアでのクリミア戦争で、アクアスキュータムの防水性のコートが将校達に支持されました。アクアスキュータムのコートはすべて消防用のホースで水をかけてテスト済みだったからです。

 

このクリミア戦争で我々の日常生活に影響を及ぼしている画期的な出来事にラグラン袖の発明があります。アクアスキュータムは、王室をはじめ、マイケル・ケイン、ポール・マッカートニー、ジュリー・アンドリュース、ロジャー・ムーア、ジェフリー・アーチャー、マーガレット・サッチャーなどの著名人が身につけていたと言われています。

 

このラグラン袖は軽騎兵に突撃の合図をする際、もっと腕を動かしやすいようにと初代英軍総司令官ラグラン将軍がエマリー社に要請し、考案、裁断されたと言われています。戦後は兵士が持ち帰ったコートがファッションアイテムとして浸透していき、現在では伝統的な英国スタイルに欠かせないブランドとして、世界中から支持されています。

 

1851年、ジョン・エマリーはロンドンのリージェント・ストリート46-48番地に小さな高級紳士服店をオープンしました。逆に、戦場より多くの感謝状が届いたといいます。といっても、そんなクレームがつく心配はありませんでした。

 

 

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